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【思った】作品を読み解くキーワード。「実感」「質感」「美意識」

更新日:1月6日


最近もまたAIとやり取り。面白いというか、いわゆる壁打ちということで、自分が何を求めていて、次にどう行動するかを、自分で考えるための作業。


中でも、最近思うのが今回のブログタイトルのことだ。


ドラマSHOGUN(どんだけ影響を受けてるのかっていうくらい引用してしまうが、素晴らしい作品だ)における虎永の家臣たちのように、君主と心中するつもりだ。君主は美意識だ。僕は僕の美意識の家臣であり、奴隷である。そういうつもりだ。


つまり、自分が良いと思う感覚を研ぎ澄ませようという話。


そして、フェチ的に求めるのが質感だ。作品の目標地点という感じ。その質感を探る、判断するのが美意識だ。


それもこれも、実感を埋め合わせようという作用なんだ。


例えば、アンゼルム・キーファーという巨匠がいる。超巨大な絵画が大量に、その一枚一枚もいろんな植物やら金属やらが貼り付いていて、どこか腐敗したようなテクスチャーになってる。以前は羽の生えた鉛の本とかもあって、まさに歴史や神話の重量を超巨大スケールで表現する作家なのだ。


そのキーファーに、この「実感」というワードをはめてみると、作品が彼の空虚な実態を逆照射しているのではないかという気がしてくるのだ。


作家によっては、存在自体に実感が宿っているタイプのプレイヤーが珍しくない。身体障碍、暴力被害、性的嗜好といった、現代社会におけるマイノリティ性を帯びた人物は、「普通に生きる」ことそのものが戦いの場になる、ということはつまり、作品制作は「癒し」に近いものになって、私的だったり、自己露出だったり、そういう手法でもすごい強度が出せるので、物体や重量にそれをゆだねる必要がない。


一方でキーファーをはじめとする、巨大でスペクタクルで物量と重量が目立つ作家は、自身の空虚さゆえに、実感を物体で埋め合わせる必要があるのだ。キーファーの場合はさらに、ほとんどネトウヨみたいなものと近いけど、ドイツ国家や歴史を自分と合体させて、さらに巨大化させている。そこまでしても埋め合わせられないほど、彼自身の欠落が巨大なのだ。それは、実はそのまま戦後ドイツという国家の空虚さを体現しているがゆえに共感を呼び、現代の地位を獲得したということなんだろう。しかし、どうしても彼の作品は、どこまで行ってもフェイクなのだ。ここに彼の絶望があるし、核心があると思う(彼の作品に貼りついた巨大なオブジェクトが発泡スチロールの張りぼてだというし、彼の師であるボイスのフェイク的振る舞いも明らかになっている)。


つづく

 
 

© 2019 TAKURO GOTO

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