【案内】Residual Creature
- 2月14日
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更新日:2月24日

山形市から小国高校に通っていた10年余り、飯豊のあたりにひときわ目立つ廃屋があって、それは年々崩れていって、先日久しぶりに訪ねたらきれいに何もかも無くなっていた。別にこの家のことを何も知らないし、思い出に残そうとか切ない気持ちとかあるわけじゃないし、誰かに紹介したいとかでもないし、この家にもかつて家族の営みがあって、、とかしんみりしたいわけでもなくて、この最高にかっこいい状態を記録しておけて良かったと安堵するばかりだ。
そして、この家がここに建てられたことも、暮らしがあったことも、だれも暮らさなくなったことも、崩れ落ちていくことも、そして更地になったことも、ほとんど誰も知らないというところに、妙に共感する気持ちがした。僕自身も、そういう誰も知らないところで、長い時間と距離を迂回しながら変容した西洋絵画を学んで、その、本当かどうかもよくわからない、正統性が疑わしい知見に基づいて作品を作っているわけで。
そういう僕の作品が、西洋の長い時間をかけてブラッシュアップされて洗練されて画材屋さんで売っている矩形のまっさらなキャンバスの姿では、あまりにちんちくりんというか、似合わなすぎる。だから、西洋美術の制度の象徴としてのキャンバスという支持体について改めて考えていって、布、木材、釘といった材料で構成されたそれを、ある意味では長い距離と時間の歴史を経て、この辺境の日本の、その辺境の東北の、さらに辺境の山形の長井に到達して、どのように変容し、どのような姿になった“はず”なのかという視点から捉えなおしてみようと考えた。生き物のように、あるいは生もののように変容するクリーチャーとしての絵画――それは同時に自分自身かも、あるいは日本人かもしれないけど。
そういう観点で制作された作品を、街の片隅の自転車屋さんの窓越しに眺めるというシチュエーションが、どこか奇妙で面白い展示。
