​ひじおりの灯|Hijiori light project

ひじおりの灯という、東北芸術工科大学と肘折温泉の共同プロジェクトがある。2022年現在は肘折温泉の実行委員会が単独で開催している。後藤は、第2回から、延べ3回参加し、灯篭絵を制作してきた。それぞれについて、深く考えて、灯篭と肘折というテーマによって表現できることを模索してきた。そして、そのたびごとに、肘折温泉街のみなさまには手厚く、そして暖かいご支援をいただいてきたし、とても尊敬し、ただ感謝するのみである。

一方で、僕にとっては別の観点、つまりこうした地方のいち地域で作品を制作することの難しさについて多くの学びを得たプロジェクトであった。主に大学院生が参加するプロジェクトであったから、自己主張が強い若者たちの欲求と、温泉街の方たちのこだわりや要望などが交錯して、毎回波風絶えないものであった。それは僕にとっても例外ではなく、最後に参加した2016年にはかなりの逆風の中で、細い道を探すしかなかった。そしてそれは結局撤去された(一時的にではあるものの、軒先を提供してくださった大穀屋旅館さんには重ねて感謝申し上げたい)。

ここで、きわめて単純に、その時のプランを説明すると、「灯篭の光を遮る作品を制作する」ということだった。この情報だけで、人々はどのように考えるのだろう。そして、どのような反応を示すのだろう。激しい反発の中、その段階では作品の実物はこの世になく、まさに上記の言葉だけによって大きな波が起きたのだった。いずれにせよ、僕自身の心象としては、はっきりと、ひじおりの灯から「排除」されたととらえている。別に恨み節を言いたいのではなく、今の仕事にとって極めて重要な視座を与えてくれた機会として、特筆すべきものであると感じ、ここに記載するものである。

光を遮断する、とは、雪のイメージで制作するものだった。肘折はアメダスによると全国1,2を争う豪雪地で、想像を絶する雪の量と、そこで営まれる人々の暮らしというのは同じ日本とは、同じ山形県とは思えないほどである。そしてそれは、山岳信仰で全国的に名をはせた出羽三山の一つである月山の玄関口としての神秘性を高める異界とも言えるのだと考えている。かつてはその豪雪のため、除雪ではなく雪のトンネルを掘って、そこを通じて学校や職場に通っていたという驚愕のエピソードも聞いた。そしてその中は真っ暗で、夜は静まり返るのだとも。

​そこで、灯篭を制作する際に、絵画には定番の石膏とアクリルの下地材であるジェッソを分厚く塗布することで、雪の厚みや重みを表現するとともに、光が遮断され、夜間は黒い塊となる作品を構想した。

(ちなみに、「黒い塊」とは、僕が初めて参加した際にモチーフとした「カラミ」と呼ばれる、銅鉱石の精錬滓のことで、肘折がかつて銅山として栄えた近辺に、巨大に鎮座しているそれとの関連も考慮していた)

それがすったもんだの末に、写真のような形に落ち着いた。

光は遮断したが、ジェッソを厚く塗りこめる形にはしなかった。代わりに、雪の粒のように絵を描いた。肘折温泉ウェブサイトのトップページ画像だ。見せたい肘折のイメージが、夜には闇に消えて見えなくなる。雪と闇にフォーカスしたコンセプトで、同時に、せめてもの抵抗として、表現の抑圧を表現した。子供じみているかもしれないが、僕は地域が見せたい自分たちの姿を表現してあげるイラストレーターではないのだ、と。

と、言いつつ。地域からしたら、よそ者が数日滞在しただけで感じられることなどきわめて表面的な事象やその時の偶然の出会いなどに限られるのであって、それをもって何か表現しようということに無理があるのであって、単に暗くしますというだけでもそこに違和感が生じてしまった以上、傲慢なよそ者として扱われるのも無理はない。その違和感を解きほぐせなかった自分の落ち度であろう。とはいえ。

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